日記

本州最後の太平洋
2020.08.13

三陸海岸線を北上、3日目にして最終日。今日も朝から強い日差しが照りつける。
新しい街並みが広がる山田町を出て、しばらくすると海を離れて、半島を越える山道となった。1日の半分は内陸部を歩くことになり、少しずつ家々が増え、宮古市へと入った。

宮古市中心地まで10キロほど手前から、これまでで一番長い防潮堤が現れた。
すでに完成していて、その上を歩きながら、遠く海を眺めた。海は穏やかで、子供連れの家族が海水浴を楽しむ姿もあった。

初めて歩く岩手県の三陸海岸線。地震以前の姿は知らない。だから、この3日間、歩いて見てきた景色が自分の中での三陸海岸の姿。地震以降に生まれた子供たち、そして、これから生まれてくる子たちにとっても、今見ているこの景色が、その子たちにとっての故郷だということ。
地震前の景色や環境を取り戻すことは極めて難しい。しかし、変わって行くことを受け入れながら、前へと進んで行かなくてはいけないのだと感じた。

市内に入る手前で、一際賑やかな海岸があった。新型コロナウイルスの影響により、学生や子供たちの夏休みは短くなり、海水浴場も全国的に開設されないところが多くなった。
そんな中、開設されている海水浴場にはたくさんの子供たちの楽しげな声が響いていた。その光景を見ているだけで、いろんなことを忘れさせてくれた。夏はこうでなくては。

明日には、早池峰山へ向けて、海を離れる。この次、太平洋を見るのは北海道。本州最後太平洋ということもあり、子供たちで賑わう海へと飛び込んだ。
1時間ほど泳いだり、海に浮かんだりして、太平洋にしばらくの別れを告げた。
ひさしぶりの海水浴と蒸し暑さで少し疲れてしまったが、夜、宮古市の街中では玄関先でお盆の迎え火を焚く姿があちこちにあり、少し涼しくなった風に炎がゆらゆらと揺れる光景が、いつもよりも静かなお盆休みを物語っているようだった。

 この日記に書かれている場所はこの辺りです