日記

西吾妻山のスノーモンスター
2020.01.11

夜明け前、寝袋の中で携帯電話の目覚ましがけたたましく鳴った。切って時間を確かめて、再び寝袋の中で小さく縮こまった。あと少し寝させてーと、誰に言っているのか分からない声に引っ張られそうになったが、1階でガタガタと動き出す撮影スタッフに遅れをとりたくないと、バッと起き上がった。テント内は結露が霜となり張り付き、揺れるたびにバラバラと降り落ちた。

テントから這い出て、歯を磨きながら、外へ出た。ヘッドライトの灯りに照された範囲には、チラチラと雪が舞っている。昨晩の予報では夜から晴れとなり、日中まで続くとあったが、どうやら回復が遅れているようだ。
2階へ戻り、温かいコーヒーを飲みながら、朝食の準備を始める。
徐々に外が明るくなり始め、小屋の中も明るくなった。朝食を食べ終えて、再び外へ出たが…厚い雲に包まれたままで、状況は昨日と同じだ。
この状況では、やはり縦走は出来なかった、決断は正しかったと納得する自分がいた。

支度を整えて、7時に小屋を出発。小屋から山頂までは夏場でコースタイムは15分ほど、見えるはずの山頂が見えない視界不良に、少しだけ遠回りしながら山頂へ向かうことにした。
まずは、吾妻山の神様への挨拶へ。昨日よりも視界が効かない中を、ゆっくり進んだ。なんせ縦走をしないのだから、今日は時間がたっぷりとある。30分ほどで、真っ白い世界の中から、鳥居らしき建物が見え、木々と同じように凍りつく吾妻神社に迷うことなく到着し、挨拶と感謝を伝えることができた。
その後、天狗岩を越えて、梵天岩(ぼんてんいわ)まで行き、風下に穴を掘って、ジッと雲が晴れることを信じて待った。

地図にはこの場所から、吾妻連峰が一望できるとあり、縦走をあきらめたかわりに、せめて厳冬期の姿を目に焼き付けたかった。待つこと1時間。風が強くなり、雲が徐々に薄くなり始め、時々太陽の光が、この2日で初めて吾妻山に差し込んだ。
そして、9時半。予報よりも大分遅くはなったが、雲は吾妻連峰から遠くへとぶっ飛び、緩やかに優しい曲線が続く吾妻連峰が見えた。さらに、山形県側の山々も見え、眼下には米沢市の朝も見えていた。
曇っていた心も一気に晴れて、気分も一気に上昇した。振り返ると、目指す吾妻連峰最高峰、西吾妻山がドンと目に飛び込んできた。さらに、山を取り囲むようにおびただしい数の大小様々な形の樹氷に驚いた。今朝まで見ていた樹氷の卵ではなく、雪が少なくても、すでに立派な樹氷となっているようだった。つい1時間前とは全く違う景色に、感動し興奮していた。ここでもまた、西吾妻山としっかり向き合うことにしてよかったと感じた。

山頂へと最後の斜面を登ると、スノーモンスターと言われることが良く分かった。どれひとつとして同じ形の樹氷はなく、見る角度によって不思議と動物や恐竜の姿にも見えてくる。今にも動き出しそうで、近寄るとその大きさにも驚いた。自然が作り出した天然の博物館に来ているようだ。
この厳冬期にしか出会えない景色にまたひとつ新しい経験を今まさにしている。直ぐに登れる場所にいながらも、何度も足を止めて、取り囲むスノーモンスターに見とれた。もちろん写真や動画撮影も忘れずに。

迷路のようなスノーモンスターの群れの間を抜けて、夏場は背の高いオオシラビソの森となり全く景色を見ることが出来なかった山頂からは、積雪により、森の木々たちと同じ目線に立つことができ、もうひとつ、この時期にしか味わえない経験をした。

山頂標柱は当然ながら足元の雪の中、どこに埋まっているのかは検討もつかない。
それよりも、スノーモンスターの間から見え隠れする飯豊(いいで)連峰、越後、尾瀬、日光、朝日連峰、月山、蔵王そして、一切経山(いっさいきょうざん)へと続く吾妻連峰と、全てが見渡せた。

山頂のスノーモンスターたちと戯れるようにウロウロしながら、一時を楽しみ、12時過ぎに名残惜しくも西大巓へと引き返した。
真っ白だった世界が広がり、別世界を歩いている感覚は早稲沢(わせざわ)へと下山するまで続いた。
眼下の猪苗代湖と磐梯山を背景に樹氷の雪原を歩く写真は、これまでで一番の景色を残すことができたかも知れない。

昨日の靄(もや)がかかっていた心も、今日のわずか数時間の快晴で、いつの間にか全てが吹き飛んでいた。
15時に早稲沢へと無事に下山。空は雲に包まれ、雪が降りだした。
悩み不安葛藤を繰り返しながらも、1歩1歩と確実に時間をかけて登ることが厳冬期の山だと、吾妻山が教えてくれた。

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