急転直下
2018.08.02
朝からまだまだ夏はこれからというような日差しが照りつける。交通量の多い峠道を抜けて、滋賀県へと入った。
55座目となる蓬莱山(ほうらいさん)への登山口は静かな杉林の中にあり、序盤から激しい急登が続く。緩やかになり始めると、杉林から自然林へと雰囲気が変わる。
標高約1000メートルの権現山にから、展望が開けた。蒸し暑さで、大気には霞がかかり、琵琶湖や比叡山はぼやけていた。
そこからは久しぶりの極上の稜線歩きとなった。ホッケ山ではたくさんの鹿が迎えてくれ、蓬莱山山頂が見えた。四国山地の笹原の縦走路を思い出す。
そして、晴れやかな気持ちで山頂へとたどり着いた。しかし、そこはスキー場の一部として、山の東側斜面はリゾート開発された姿になっていた。
たくさん観光客が山頂からの琵琶湖や景色を眺めるために、リフトで登って来ていた。
ロープウェイとリフトを利用すれば、わずかな時間で登頂できる山だが、この山の魅力を肌で味わうことはできないかもしれない。
ゲレンデをかけ降りて行くと、下にはちょっとした遊園地となっていて、たくさんの子供たちが遊び回っていた。その光景を眺めながら、休憩をしていたが、誘惑に負けてしまい、いくつかの遊びに夢中になっていた。
気が付いたときには、頭上には大きな雨雲が立ち込め、慌てて下山したが、時すでに遅しで、あっという間に土砂降りとなった。
今思うとすでにこのときから歯車が狂い始めていた気がする。
30分ほどで雨はやみ、葛川(かつらがわ)の下山口へと沢沿いの登山道を急ぎ足で歩いた。足元は花こう岩でできていて、ザラザラと滑りやすい状態だった。そんなときに限って、普段なら使用しない場面でトレッキングポールを手にしていた。
斜めの大きな岩に足をかけた直後!足を滑らせて咄嗟に出した右手に負荷がかかり、ビビッと痛みが走った。右手にはポールを持っていて、伸ばした小指、薬指、中指で体重を支えきれず、薬指に一番負荷がかかってしまったようだ。骨折かと思い指をゆっくり動かすと、痛みはあったが動いた。激しい突き指かと考えた。しかし、同時に骨折の可能性もぬぐえずにいた。
直ぐにアイシング!と判断し、十分ではないが、沢の中に10分ほど手を冷やした。しかし、まだ山中のため病院に行くためには下山しなくてはいけないので、痛み止を飲んで、再び挙上をしながら歩き出した。
その間、様々なことが頭の中でめぐった。
後悔の念、旅のこと、翌日の登山のこと、琵琶湖の横断、病院のこと、骨折なのかどうか…など。
とにかく、これ以上の負傷はしないように、気をはりつめつづけた。
夕方、4時半にどうにか下山した。
小さな集落のため病院はないと諦めていたら、なんと小さな診療所があった。汗だくのまま駆け込み、事情を説明すると、専門医ではないが、レントゲンはあるとのことで撮影することができた。これで、骨折しているかがわかる。
バン!撮影したレントゲン写真を見て、先生の診断よりも先に「あっ折れてますね!」と声が出てしまった。
なんとも言えない脱力感があったが、なんだかそれまでの後悔みたいな感情は意外と静まっていた。
とはいえ、その感情が完全に消えたわけではないが、取り敢えず明日は登山を諦めて、朝登ってきた道を戻り、大きな病院に行くことを決心した。
まさに急転直下だ。
怪我は下山時に起こることを身をもって感じる日となった。
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